JR 東日本の各線区

JR東日本管内の各駅で使用されているメロディについてまとめたページです。
  1. 山手線の駅(銀色に緑帯の電車)
  2. 中央・総武線の駅(黄色・銀色に黄色帯の電車)
  3. 京浜東北線の駅(水色・銀色に水色帯の電車)
  4. 常磐線の駅(緑色・銀色に緑帯の電車)
  5. 東北線の駅
  6. 高崎線の駅
  7. 東海道線の駅
  8. JR東日本のそのたの線区の駅


山手線内の駅

山手線では列車接近の時の音楽はほぼ統一されています。また、列車発車時 の音楽も大体の駅で同じ物が使われています。それが次の音楽です。 かつての東京北鉄道管理局管内ではだいたい以上のメロディーを用いていま す。なお、山手線と京浜東北線が並走する所では内周り外回り同じ物が用い られ、一方山手線だけになっている所では1と2が使われているような場合が 多いようです

一方東京南鉄道管理局の内で、かつ厳密な意味で山手線にあたる駅では色々 な物が用いられている傾向にあります。これはおそらくこの地区がこのメロ ディーによる発車時ベルが試験的に導入されるなど、歴史が比較的長いから なのでしょう。なお、上野では列車接近時の音楽はなりますが、発車時はベ ルがなります。また新大久保でもメロディーを用いた物は使用されていない そうです。

なお上記以外の音楽が用いられている駅は以下の駅です。ここには山手線以 外のホームで用いられている場合も含んでます。


中央・総武線方面の駅

中央・総武線は余り乗った事が無いので良くは分かりませんが一般的にい ろいろな物が用いられているようです。またベルのままの駅もいくつかあり ます。ただ標準の物が無いのか?というとそうでもないらしく次の物が良く 用いられているようです。 とくに中央線側では武蔵境あたりから八王子側のほとんどの駅でこれが用い られています。ただし例えば目 黒駅とか山手線で標準的なものとかも多用さ れているようです。ところで標準的に用いられているという事はあまり variation が無い事を必ずしも意味しないようです。例えば西船橋駅で用いら れている物はちょっと tone が異なるようです。また吉祥寺1番線もなんか違 うような気がします。こういうケースは他にもあるかも知れません。特徴的 な音楽を鳴らす駅というのは余り調査していない事もあって良く分からない のですが、少なくとも次の駅では比較的珍しい曲を使ってます。 国電区間(E 電区間)以外はこちらに大体集約し ました。

京浜東北線の駅

京浜東北線の各駅では
  1. 山手線と共通している
  2. ベルのまま
  3. 旧東京北鉄道管理局管内に比較的良く用いられる曲
という大雑把な感じに分けられるようです。(あくまでも大雑把ですよ^^;)た だ比較的多くの駅でベルは使用されているようです。また比較的良く使われて いる曲は次の曲でしょうか。 これらの曲は互いに上り下りホームというように分けて用いられています。

また 97 年 3 月ころから列車接近音が統一されたようです。

ちなみに今自分が把握している範囲内ですが、京浜東北線の駅において上記 以外の曲を用いている駅は以下の駅です。


常磐線

常磐線の各駅も比較的早い時期に発車メロディーを用い始めた事もあり、比 較的特徴のある音楽を用いている駅が多いようです。ただ、ベルの駅も多い ですが。なおほとんど利用していない線なので詳しい事は良く分かりません^^;

ただ、97年9月にちょっと調べてみた感じでは、メロディの使用されている駅 では殆ど次のものを用いているようです。

さらに常磐線以外ではめったに聞くことのない発車メロディもあります。ただ し、このメロディ自体はかなり以前から使用されているものです。 なおこの他のメロディーを用いている事が分かっている駅は以下の駅です。
日暮里
日暮里駅 3 番線発 車音楽
日暮里駅 4 番線発 車音楽
00 年夏頃までは、 四谷 3 番線と同じものを使っていたのですが…

なお、山手線・京浜東北線ホームについてはその他の駅と同じよう なメロディが使用されています。

北千住
新松戸
我孫子
90 年頃に導入されたメロディが未だに沢山残っている常磐線の駅の中 で、ひときわ異彩を放つのがこの駅です。メロディの雰囲気から察する に、おそらく新宿や武蔵野線西川口〜朝霞などの系列の曲なのでしょう。
ホーム毎に違ったメロディが割当てられており、さらに他所ではあまり 使用されていないメロディがいくつかあります。噂では 97 年前後にメ ロディが変化したと聞いています。もしかすると普及前の先行試験だっ たのかもしれません。

どうでも良い話なのですが、我孫子8番線のメロディは集めにくさは…

土浦駅
水戸
いわき(平)

東北本線の駅

96年初頭頃チェックをしたっきりなんですが。とりあえず第一印象としては、 「ずいぶん多彩なメロディーのベルが鳴っているな〜」でした。とりあえず、 以前東北線の始発に乗った時に集めたものを並べておきます。

2001/05 に、僅かな区間を乗車したのですが、まだ同じメロディが使用されて いるようですね。騒がしかったり、追い立てられるような印象のメロディが多 い中、淡々としたこのメロディ、もう暫くは残って欲しいものです。
最近、電車が妙な音を鳴 らすようになってきたし(笑)

さらに大宮駅で使われている列車接近音は次の物でした。 なお、大宮駅は大体他の駅で聞けるものは全部なっているようです。確か次 のような構成だったと思うのですが。

東北に行きますと

という物があります。東北の方では、案内放送のあるところは基本的に全て コンピュータで管理・運営されているようです。したがって、東京のように 途中で「ブツッ」というパターンは基本的に無いようです。
八戸で使用されているものは一ノ関でも使用されています。他にも北上(もし かすると水沢か?)あたりで使われているようです。おそらく、この駅では自 動案内放送の機器が同時期に設置されたのだと思われます。

なお、もしかすると以前盛岡駅の列車接近音で、ものすごい出鱈目を書いてい たかもしれません ;-)。こういう事も良くあるということで笑って見逃してやっ てください(苦笑)

八戸の方は、一応八戸だよ、ということで証拠となる音も含んだものになって ます。藤沢にも5番線はあるけど、八戸臨海鉄道のDLはありませんよね :-)。 ただ私個人としては聴力試験のような音より一ノ関のデータを聞いた方が楽な ので、こっちの方を index として用いています。

この八戸とか盛岡の列車接近音から考えるに、東北で使用されているメロディ というのは東海道線と同じくらいに整備されたようですね。ということはかな り前から使用を始めていたということなんですね。


高崎線

96年夏に長野に行く用事があったので、そのときやっと高崎線についても checkをすることが出来ました。その時気が付いたこととして、 ということが挙げられます。このためこの線区では試用的なメロディとかも随 分聞くことができます。 ちょっと高崎線からはずれますが

東海道線

東海道線では基本的に次に並べる曲が良く使われているようです。 また列車接近音としては次の物が良く用いられています。 特徴ある音楽を用いている駅で確認しているのは、次の駅くらいです。それと 下のリストにはありませんが、なんとなく感じる分に川崎はどうもトーンが違っ ているような…。いずれ調査しなくてはいけませんね :-) 東海道線のホームで行われる案内は次のように、非常に細かいところまで伝え られている場合が多いのも特徴といえるかもしれません。
熱海駅東海道線下りホーム のあんない(あさぎり@東京BBSさん)
小田原駅案内放送(あさ ぎり@東京BBSさん)

なお、熱海以降は以下から。

JR東日本のその他の線区

八高線

96年3月ダイヤ改正で八王子〜高麗川間が電化された、八高線の駅では以下の 駅でメロディーが用いられています。(確認95年12月) 永山鉄道 代表取締役 社長 永山泰之さんによると、97年3月末の時点で、上記の駅以外 でもメロディが使用されているという情報の御提供を頂きました。と いうことは、電化後いくつかの駅で整備されたのかもしれません。

相模線

相模線ではたしかどの駅でも同じメロディーが用いられていたはずです(92年3 月に乗車した時の記憶では^^;)。

埼京線・川越線

埼京線のメロディは、池袋〜恵比寿までの区間(山手線並走区間)と、池袋〜赤 羽近辺の区間(赤羽線区間)、および埼玉県内の区間、というように 3 つに区 分できます。赤羽線区間で使用されているメロディは、赤羽で使用されている ものと同じようです。

川越線は大きく分けて大宮〜川越の区間と、川越から高麗川までの区間で、そ れぞれ違うメロディが使用されているようです。

2001 年 5 月確認分

川越線の川越までの区間では、武蔵野線府中本町や中央本線甲府駅で使用され ているメロディが使用されています。実は、あのメロディは東京の西の方では、 ちょこちょこと使用されていたのね、ということを知った次第です :-)。 だって、山手線周辺しか回っていないと気がつかない…

なお、上り下りで同じメロディを使用している駅もあったりして、ちょっと奥 が深いところもあったりします。

川越線の東武よりのホームでは、このメロディが使用されているようです。ま た、川越〜高麗川の川越方面のホームでも使用されているかもしれません。

それ以前

南武線

横浜線

横浜線の町田〜鴨居の間では上り(東神奈川方面)と下り(八王子方面)というよ うに使用するものを分けているようです。

青梅線

青梅線では、拝島や河辺などでメロディが使用されています。また、青梅から 先の奥多摩方では列車接近の際にメロディを伴なった放送が行なわれるようで す。 青梅駅のとなり駅の宮ノ平で流されている案内です。これを録るために、(勿 論^^;)駅付近で 40 分くらい時間を潰したのですが、ここまで来ると、同じ東 京とは思えないくらい空気が澄んでいるのが、とても印象的でした。

東京臨海高速鉄道

国鉄東海道本線の一部です :-)。あとは大井と結ぶだけで、東京大環状線が出 来ますね :-)

武蔵野線・京葉線

京葉線は 90 年全通であることが幸いしているのか、あるいは 86 年の部分開 業時に投入した設備がまだ現役であることが幸いしているのか、あまりメロディ が使用されていません。使用されているのは、端の東京と蘇我、それと八丁堀 (東京駅と同じものを使用)くらいしかありません。なお、2ちゃんねるで見た はなしによると潮見あたりでも同じものを使用しているとのことです。 一方武蔵野線は、(1)あまりメロディが使用されていなかった区間[西船橋〜新 八柱]、(2)良く使用されるものが使用されている区間[新松戸〜府中本町、除 く東川口〜北朝霞]、(3)東川口〜北朝霞、というように大別することができま す。ただし、世の中何事にも例外があるわけでして、この場合も例外ではあり ません。そういったものとしては などがあります。

ちなみに、その他は次のようになります。

新松戸〜南越谷の一例
新松戸
東川口〜北朝霞の一例
武蔵浦和
東所沢〜北府中の一例
東所沢3番 線ホーム発車メロディ
ちなみに、これらの路線は、上の東京臨海高速鉄道と併せて東京大環状線を構 成する路線です。武蔵野貨物操車場の巨大な空き地、海浜幕張近辺の線路配置 と巨大な空き地、新松戸をちょっと行った所にある巨大な信号場、武蔵浦和を ちょっと行ったところから分岐している東北貨物線への分岐線、西国分寺〜府 中本町の間にあるたくさんの側線(その一部は、サザエさんの電機会社の専用 線に流れていっているところを見ると、サザエさんの電機会社のために投資し た(or させられた?)のだろうか?と下衆の勘繰りを入れたくなったりするわ けですが(笑)。同じようなものは京葉線にもありますよね)。いずれも、70 年 代に入る前に当時の国鉄が、これだけの巨額投資さえも回収できると思えた程 の切迫した輸送状況に直面していたのか、と驚きの念を隠せません。

大きな誤算は、旅客需要は投資に見当った増加を示したのに対して、この当時 予想した貨物需要は消滅していったということにあるのでしょう。なんにせよ、 70 年頃から急速に進展した日本国内での産業構造の大きな変化には、驚きと いう一言しか思いつきません。

南武線

中央,総武線方面(除く E 電(笑) 区間)

中央線の高尾から下り方、総武線の千葉から下り方および千葉から分岐する各 線でもいくつか特徴的メロディが使用されています。

東北線以外の東北地区

東北本線以外でも、県庁所在地の駅などでは、発車時に melody が使用され ていたりします。他にも、「秋田新幹線」の駅とかでも、使用されています (少なくも 00/8 に、延々と「秋田新幹線」の走る線路を青春18切符で行った 時は、そうでした ^^;)。ということで、以下にその時の check の成果など…
あおば通り駅 列車接近チャイム
あおば通り駅 発車音楽
最近地下化された仙石線の新しい始発駅「あおば通り」駅でとっ たものです。駅自体は、仙台のすぐ側なのですが、街の中心に 近いところにあるので、とても便利な駅です。
しかし、あの仙石線も随分綺麗な駅になってしまったようです。 知った風を出来るほど乗車は勿論していないのですが、あの仙 台を出た所から、街中をかいくぐるように走っている風景、と ても印象的だっただけに、感慨深いものがありました。以前乗っ た時は、仙リハの名前を持っていた陸前原ノ町の狭い車庫とか、 色々あったのですが、全部すっかり消えてしまったのは、ちょっ とした驚きでした。
ちなみに、あおば通りで使用されている発車音楽、基本的に仙 台駅で使用されているものと一緒なのですが、なんかトーンが 違うような気がします。
秋田駅列車接近案内
秋田駅発車音楽
秋田新幹線が出来て随分駅の様子が変わってしまった秋田駅ですが、 盛岡駅と同じような system を使っているようす。
思えば、90 年に行った時は、駅の裏側に旧型客車が沢山留置してあっ て、駅はなんとなく青森駅とか高松駅のように長い跨線橋(微妙に傾斜 があったような覚えが…)があって、さらに急行津軽が走っていて…。 という状況だったのですが。なんか、ここ 10 年であっという間に変 わってしまったようですん。駅前には、大きな商業ビルが立っちゃっ たし(前は、セゾンしかなかったような…)。そういえば、似たような ことは東舞鶴でも感じました :-)。

思えば、公共交通のこの 20 年は激変の 20 年だったような気がしま す。あのころは、まさかだった国鉄の消滅がありました(もっとも債務 に限らず負の遺産は沢山残していますが)。車両にしても、常磐線で水 戸まで行くのに「扉が閉まらない客車で行くと、電車(当時はいわゆる 交流色)で行くより 1 時間余計にかかる」というような話があったの は、本当についこのあいだのような気がします。関西本線の名古屋口 にも亀山行きの旧型客車が走っていました。大阪駅には青色の客車が 座っていました。こういうものが、ここ 20 年で一気に消えてしまっ たのですね。あっという間に、全てのものが忘却の彼方に行ってしまっ たような印象を受けてしまいます。

旧来の生活体型全般が変わったのが、30 年くらい前からだと言われて います。公共交通にも、同じような変化が 10 年遅れてきた、という ことなのでしょうか。次の 10 年は、どこに向かうのでしょうか。ま あ、いわゆる流行りの "IT" 云々で騒がれている世界に行くことは決 してないと思いますが。生産活動が無い消費活動なんてありえません。 ところが、いわゆる "IT" には、それがありません。あるのは、1 世 紀も前から変わることの無い夢物語と、それを追従するためにあるよ うなお話ばかりだけです。今回のアダム・スミスは"殺され" ています が、多分今迄のユートピアのお話と一緒で、同じように "復活" する のでしょう :-)
ちなみに、"インターネットを 256 倍使うための本"(1995)には、今 の "IT 狂想曲" を予感させるようなことが書かれています。曰く 「名前をつけることがポイントだ」。



ueta@pixy.issp.u-tokyo.ac.jp
Last modified: Wed Jun 20 00:20:40 JST 2001